日本基督教団 西神戸教会月報
2009年12月号

                   
  「主は何事も知っておられる神
人の行いが正されずに済むであろうか。」《サムエル記上2章3節

「わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。」《ルカによる福音樽1章47節》                           

 クリスマスおめでとうございます。神様によって新しい出来事が与えられました。神様は、私達の思いをはるかに越えた出来事を、今も日々与え続けてくださっています。そのことに気づく時、溢れるほどの感謝で満たされます。クリスマスの温かく明るい出来事に触れる中で、様々な事が生じてきます。そこに働く神様の愛と恵みの豊かさを実感します。イエス・キリストの誕生は、暗い闇に閉ざされた世界にもたらされた小さな明かりでありました。神様の大切な独り子は、町外れの淋しく暗く汚い馬小屋の飼い葉桶の中に寝かされた赤ちゃんでした。誰も見向きもしない、馬小屋で泊まらなくてはならなかった出産前の年若い夫婦。戸惑いの中で神様からのお知らせを受け入れて歩み出した二人は、心細く不安も多くあったことでしょう。しかし、神様が共にいてくださることを信じて、与えられた役割を神様に身を委ねて歩み通しました。神様は、そんな二人をいつも愛し、支え守り、導いて、恵みを与えてくださったのです。その歩みに押し出したのは、神様からのお知らせでした。その知らせをマリヤは初めは信じ難く、自らの身に起こった事が、受け入れられませんでした。けれども、「神様にできないことは何一つない」との声に従い、感謝して「お言葉通り、この身になりますように」と応えたのです。その後、マリヤが神を崇めた賛歌は、旧約時代の「ハンナの祈り」《サムエル記上2章》を引き継いだものとも言えます。

 神様は、ハンナの苦しく悲しい心からなる呻きの祈りを聞いてくださいました。神様から喜びを与えられたハンナは、神様に向かい祈りました。神様のなされることの素晴らしさに出合った人だけができる祈りです。あり得ないことをなしてくださる神様の存在は、その具体的な出来事に出合った人にしか分かりません。それを通して、豊かな恵みを得、喜びに満たされるのです。その出来事に出合うには、神様を信じ続けて、どんな中にあっても希望を持ち続けて歩まなくてはなりません。望み得ない時にもなお望み続けるのです。神様は、小さく欠けの多い人間を愛し続けてくださり、多くの恵みと憐れみを与えてくださっているのです。神様の思いとは遠く離れた歩みをしている私達を、なおも豊かな歩みへと引き入れてくださるのです。そんなに愛してくださっている神様によって生かされている幸いをしっかりと受け取り、私達も自らの口で神様を賛美し、喜びに満たされたいものです。
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