日本基督教団 西神戸教会月報
2011年4月号

   ☆父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。 しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。 (ルカによる福音書22章42節)

☆今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている。 (ルカによる福音書22章53節)

 2011年度の歩みが始まりました。新しい環境の中で歩み出す多くの人々がいます。その出会いと歩みが、より豊かな世界を創り出すための力となることを心より願っています。一方で、時は流れても新しい状況となりえない多くの人々もいます。その中でより良く歩めることを願いながら、与えられた時を大切に過ごしている人々もいるのです。2011年度の始まりは、私達の与えられている今という時のー日一日の積み重ねであり、その通過点に過ぎないのです。日々を大切に生きるために神様は大切な贈り物を私達にしてくださいました。それが人々の罪を背負い十字架にかかり、世に愛を与えてくださったイエス・キリストです。私達が生きる事の中で、無くてもいいものと無くてはならないものがあります。神様は、その失ってはいけない大切なものとして、愛を与えてくださったのです。その愛とは、人を当たり前のように思いやることができることです。愛さえあれば、人は豊かに生きていくことができるのです。人は、神様と人に愛されていることで生かされているということに気づく時、人は愛することの大切さを知るのです。

 イエスは、人への愛を十字架という見える形で表してくださいました。それは、決して容易く負えるものではありませんでした。そのことは、イエスが十字架を前に祈る姿と祈られた言葉で分かります。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。」と祈り、「イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。」と記されているとおり、神の子イエスでさえ、必死に祈らなければ、乗り越えられない事だったのです。そこまでして何故、十字架にかからなければならなかったのでしょうか。それは、「今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている。」からなのです。世は、人が自分たちの思いのままに生き、奢りと高ぶりに満ち、人が人として扱われなくなってしまったのです。権威と権力と富が世を支配し、理由もなく多くの人が苦しみ、悲しみ、痛みを負わされ、差別と偏見に満ちた世を創り出したのです。ゆえに神様は、本来の人が愛し合い、共に生きる世界を取り戻すために、自らの大切な独り子であるイエスを世に遣わしてくださったのです。

 東日本大震災によって、多くの人々が命を失い、今なお沢山の行方不明の方々がいます。大きな悲しみと苦しみと痛みの中で生きている人々がいます。この大切な命の営みのために、多くの人々が自分たちで出来ることを探り、思いと祈りとを尽くして心を寄せています。悲しいことに人は、大きな犠牲を伴って、多くの大切な事に気づかされ、教えられるのです。私も教会員C姉の事故を通して、その事を今痛感しています。
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