日本基督教団 西神戸教会月報
2011年10月号

☆神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女を創造された。                              (創世記1章26〜27節)

☆神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。                          (創世記1章31節)


 朝タ涼しさが増し、寒さをも感じる日々となりました。実りの秋を迎えた今、私たちの周りに与えられている神様の恵みに出会うことができます。神様は、天地創造の初めに「光あれ。」と光を創造され、そして創造し終わった時、全てを見渡して「それは極めて良かった。」と語られています。素晴らしい世界が創造され、豊かな物で満ちていました。しかし、それを受け取る人間が、その世界を作り替えてしまいました。人間は、神様より大切な責任と役割と使命が与えられていました。それは、神様が創造された全てのものを支配することです。支配するとは、より良い関係を築き、それぞれが豊かに歩めるように整えていくことです。力を持って自分の思うように支配するのではなく、神様の御心に添って創造の秩序を保つことなのです。神様が「良し」とされた世界です。それを大切にしていくことが求められていくのです。どの命もかけがえのないものとして与えられ、命の連鎖によってその命が尊ばれて行くのです。「いただきます」の一言の中に大切な思いが込められています。人が生きるために多くの物が犠牲となり、人の命は保たれています。人は、その犠牲に感謝をして、その命を引き継ぎ、生きる責任があるのです。その責任を果たし得るために、いっも神様の御心を問い、自らの歩みを整えていければ幸いです。

 私達は神様の「極めて良い」世界に生かされています。そのことに気づくことが何よりも大切なのです。そのことに気づかないと不平不満の生活に埋没してしまうのです。私達にどれ程多くの豊かな恵みが、神様から与えられ続けていることでしょう。同じものを与えられていても、気づく人と気づかない人では、当然歩みが異なっていきます。「良し」ではなく「悪い」事にばかり心を向けてしまうとせっかくの恵みにも気づくことができないのです。自分を中心基準として、自分のことばかりに心を捕らわれてしまって、周りを見渡すと、神様の「良し」は消えていきます。何故なら、自分の思いに適うものだけが「良し」となるからです。神様の「良し」と私達の「良し」が重なり合う時、豊かな世界に気づくのです。人は、今なお神様の「良し」を拒否し続けています。今こそ、私達に与えられているもの(物・者)は、神様が「良し」とされたものであることを信じて、周りを見渡し、神様の恵みに満たされて歩みましょう。
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