日本基督教団 西神戸教会月報
2015年1月号

☆何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。(コヘレトの言葉3章1節)

☆神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない。
(コヘレトの言葉3章11節)

☆ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、
 人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ペツレヘムと
 その周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。
                    (マタイによう福音書2章16節)

 2015年という新しい一年が与えられました。どんな一年になるかは、誰にも分かりません。しかし、どんな中にあっても、神様を信じていれば、神様の愛と恵みに満たされて歩むことができるのです。神様を信じることで、わたしたちの思っている方向ではないかも知れませんが、必ず道は拓かれるのです。

 神様は、私たちに様々な"時"を与えてくださっています。それは、私たちが良いと思う時も悪いと思う時もあります。でも、神様の計画では、すべてが良い時として与えられているのです。それを人が、どのように受け取るかということによって、歩みが変わってきます。どの"時"も、私たちにとって大切な神様から与えられているものなのです。

 神様は、大切なひとり子を救い主として、世に遣わされました。救い主イエスの誕生という"時"を喜んで受け入れる人々と、受け入れられない人々とがいました。神様の時を大切に受け入れた人々は、クリスマスにイエスの所に急いで喜んで来た人々です。受け入れられなかった人は、救い主であるイエスの誕生が不都合な人々であり、代表的な人としてヘロデがいます。ヘロデは、神様の与えてくださった出来事や時を受け入れることができず、自分の力で世を支配し、恐ろしい出来事を惹き起こしました。それは、自分の権威・権力を保持したいために、ベツレヘム周辺の二歳以下の男の子を虐殺するという出来事です。何も出来ない、弱く小さな子どもでさえも殺さずにはいられないといという、悲しい現実です。イエスの誕生は、すべての人を救うために神様が与えてくださった大切な時なのに、受け入れられない人により、全く異なる事が起こってしまったのです。せっかく与えられている大切な機会を台なしにしてしまい、神様の思いとは正反対の方向へと、向ってしまうのです。私たちは、神様が与えてくださっている"時"をしっかりと受け止めることが大切なのです。自分の都合で受け止めていては、ヘロデと同じように、悪に悪を重ねることになります。与えられている時を上手に用いて、より豊かな歩みへと向かいたいものです。

 私たちの住む神戸は、阪神・淡路大震災から20年の時を刻んできました。突然の大きな地震で、愛する人々や家や生活が奪われてしまいました。多くの人々が、深い悲しみと痛みを経験しました。しかし、そんな中で、命が与えられている人々は必死で助け合いながら、共に歩んできました。そのことが、その後の東日本大震災や様々な災害に活かされてきたのです。悲しい出来事ではありましたが、そこに輝く光が与えられていました。これからもしっかりと時を捕らえて、大切に歩めることを願っています。
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