日本基督教団 西神戸教会月報
2002年12月号

                   
「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」
(ヨハネによる福音書3章16節)

  12月に入り、クリスマスの喜びに向かって、この世の人々は慌ただしく準備をしています。あの人もこの人もクリスマスを楽しみにしています。わたしたちキリスト者にとって、こんなうれしいことはありません。でも、その準備の中に、一番大切な神の独り子の誕生への備えがなされていない事に気づかされます。その事抜きにクリスマスは有り得ないにも拘わらず、そんなことはおかまいなしに自分たちの喜びのためだけにクリスマスという大切な出来事が使われてしまっています。わたしたちが、そんな世を嘆くことは簡単です。わたしたちは、嘆くのではなく、そんな世であるからこそイエス・キリストはベツレヘムという町の馬小屋で誕生してくださり、十字架について血を流してくださったのだという事に思いを馳せ、その大いなる神の愛と恵みに感謝し、共に歩まれる主より、希望と力を受けて、暗き闇のような世を生きて行く事が大切なのではないかと思います。

  教会では、待降節に入った12月1日(日)より、アドベントクランツに灯される火を見ながら、4本目のローソクに火の灯される事を心待ちにしています。しかし、それはただ待つのではなく、ベツレヘムの馬小屋で誕生したイエスこそが、すべての人の喜びであり、地に平和をもたらされる方であり、我らの救い主である事を心から喜び、受け入れる準備をしながら待つのです。

  わたしたちは、クリスマスの出来事を通して、神の愛の深さ・大きさ・広さを教えられます。神は、与えられる人間の側に何の準備も無いにも関わらず、大切な独り子を世に与え、人の嘆き、苦しみ、悲しみ、痛みを共に担い味わい、いつも生きる力と生命の輝きを与え続けてくれたのです。神は、自分のことしか考えられず、神や他者の事に心や思いを向ける事をしない、向けようともしない人間をも愛してくださったのです。更に神は、この世が価値なき者・罪に満ちたる者と蔑み、排除し、抑圧するいと小さき人々を愛し、共に歩む中で最もかけがえのない大切な価値ある存在としてくださったのです。

  わたしたちは、今年どんなクリスマスを迎えようとしているのでしょうか。神の愛が世に現された大切な日として、今神に愛され、生かされ、歩まされている事を神に心より感謝をし、わたしたち自身が神の尊い働きに用いられ、地に平和がもたらされるように祈り、思いと業を捧げて礼拝が守れますことを祈ります。

  "すべての人にクリスマスの恵みが豊かにありますように!"

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