日本基督教団 西神戸教会月報
2004年12月号

                   
わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。
「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。
目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。
《ヨハネの手紙一4章19・20節》

 わたしたち家族が神戸に来て、5回目のクリスマスを迎えます。今年のクリスマスは、今まで迎えてきたクリスマスの中で最も心の備えが出来ずにいる自分を思い知らされています。アドヴェントに入り4本目のローソクが灯ろうとしているのに、この世の事や雑音や時の流れの速さの中で、ゆっくりとクリスマスの出未事である、宿る所が無く馬小屋の飼い葉桶に寝かされた赤ちゃんとしての救い主イエス・キリストを受け入れる、十分な備えが出来ていないように思います。今年は、思わぬ災害において雑事に追われ、教会の特別伝道集会等が次々と訪れ、目先のことに捕らわれ振り回されてきたような気がします。本当に大切にしなくてはいけないことを、このクリスマスに取り戻したいと願っています。表面的なこととしてではなく、心を込めたこととして全てに向かい合いたいと思います。そのことをなし得るだけの力も知恵もありませんが、神様が今ここに生かし歩ましていてくださっているということを信じて、与えられる一つ一つの事を大切にしてゆきたいと思います。

 クリスマスは、聖書において様々な形で語られています。暗闇に光が与えられた出来事として、あるいは神様が大切な独り子を罪と悪に満ちた世に与えるという形で愛を示してくださった出来事として語られます。イエスの誕生は、その知らせを受け入れた人々にとっては、大きな喜びとなりました。大きな喜びは、自分だけの喜びではなく、他と分かち合う喜びへと向かいます。このクリスマスの出来事を今や全世界の人が知るものとなりました。そして、クリスマスを通して、様々な状況にある多くの人が生きる者とされました。神様の大いなる愛は、倒れた人を起き上がらせてくださいます。わたしは、自分の無力さの中で神様の助けを知らされるものとなりました。今、不十分な歩みしか出来ていない自分を知らされ、打ちのめされているこの時に、神様は様々な形で多くの助け手を与えて支え、一つ一つの出来事の中で喜びを与えてくださいました。その神様の愛に応える者として、馬小屋の飼い葉桶の誕生に始まる世において弱く・小さい存在として、寒さ・暗さ・冷たさ・貧しさの中で辛く・悲しい事を経験してくださったイエスを心から迎え入れ、いと小さき者を大切に共に歩む者となる事ができれば幸いです。
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